今年のマヒドン大学熱帯医学短期研修には、全国各地、そして海外からあわせて25名の方が参加してくださいました。関東から九州まで地域も幅広く、小児科、集中治療、感染症内科、総合内科など専門もさまざま。学生さんから臨床経験20年以上の先生まで、世代を超えた多彩な顔ぶれが集まり、朝から会場は活気にあふれていました。
午前中は森先生によるオリエンテーションと講義からスタートしました。研修の目的やタイでの生活についての説明に加え、寄生虫疾患は形態学が重要であるという視点で、helminthとprotozoaの違いについてもわかりやすく解説していただきました。
続いて、Dorn先生とAongart先生による便検体の顕微鏡実習が行われました。今回はHymenolepsis nana、Giardia、Entamoeba coli、Enterobius vermicularis、Blastocystis、Entamoeba属、Ascaris、Taeniaなど、実に多彩な寄生虫やその卵を実際に観察することができました。
最初は少し緊張気味だった参加者の皆さんも、顕微鏡を覗きながら「これ見えた!」「これ卵っぽいですよね?」と自然と会話が増え、気づけばすっかり打ち解けた雰囲気に。実習が終わる頃にはあちこちで笑顔と議論が広がっていました。
ランチタイムはタイ料理。伝統的で少しスパイシーな料理が並び、暑さに負けないエネルギーをしっかり補給しながら、午前中の実習の話で盛り上がっていました。
午後はマラリアに関する講義と顕微鏡実習です。Aongart先生からマラリアの基礎と各種Plasmodiumの特徴について学び、実際の血液塗抹標本を観察しました。教科書では知っていても実際に見る機会の少ない疾患に、皆さん真剣な表情で取り組み、P. falciparum、P. vivax、P. ovale、P. malariaeの鑑別に四苦八苦しながらも、貴重な経験を積むことができました。
一日の締めくくりは森先生による総括講義。タイでは地域によって寄生虫感染率が大きく異なり、農村部ほど保虫率が高いこと、一方でhelminthに対してはマストリートメントが行われ、小学生では罹患率が低下している現状などが紹介されました。また、集団治療の意義については疫学的データとコスト・ベネフィットを踏まえて慎重に評価する必要があることも強調され、単なる治療だけでなく公衆衛生として考える視点の重要性を学ぶ時間となりました。こうして内容の濃い一日目はあっという間に終了。寄生虫学の基礎から実践までを体感し、参加者同士の距離も一気に縮まった、充実したスタートとなりました。
夜はビクトリーモニュメント駅近くのタイ料理店でウェルカムパーティが開かれ、今回はタイの先生方も加わり総勢40名近い賑やかな会となりました。タイ北部料理は辛さだけでなく風味豊かな料理も多く、どれも美味しくビールが進みます。朝は緊張していた参加者同士も自然と打ち解け、あちこちで笑顔と会話が広がりました。最後は皆で「チョンゲーオ(乾杯)!」と声を合わせ、研修への期待が一層高まる夜となりました。
タイの朝は早い。そして研修の朝も容赦なく早い。連日の新しい刺激に、皆さん早くも眠そうな目をこすりながら、昨晩のタイ料理がお腹の中であばれながら朝8時に集合です
2日目の幕開けは、羽田野先生と石岡先生によるメリオイドーシスとマラリアの「Quick Lecture」。日本ではまず拝めない疾患のオンパレードですが、これから向かう病棟回診への“武器”を授かり、脳を強制起動させます。いざ病棟へ向かうと、そこにはタイ全土から集まった熱帯感染症の患者さんたちが待っていました 。発熱、下痢、謎の皮疹……英語での問診や診察に没頭する参加者の皆さんは、昨夜の疲れを忘れてすっかり「プロの医師」の顔。最終日のグループ発表に向けて、鋭い視線が飛び交います。
さらに、教科書の中でしか知らなかった「リアルなマラリア」の患者さん3名とも対面。マラリアのケースは、Plasmodium knowlesi流行地での感染のケース、三日熱マラリアのケースからは休眠体からの再発やプリマキン、タフェノキンの治療、GPPDの検査について学びました。実際の臨床経過を生の声で聞くという、日本では不可能な贅沢すぎる体験に、皆さん興味津々で食いついていました 。実際のケースを経験し、顕微鏡で自分たちでマラリア原虫の種の鑑別を行いました。
午後は、世界最大級の観光都市・バンコクの本領発揮、トラベルクリニックの見学です。「誰とどこへ行き、何を食べるか」まで深掘りし、ワクチンを提案するプレトラベル相談の文化は、日本にはない新鮮な驚きだったようです 。
締めくくりは、タイの風土病の代表格・メリオイドーシスの深掘り授業 。BasicからAdvanceまで一気に叩き込まれ、頭がお腹いっぱいになったところで2日目が終了しました。
あっという間に日程も折り返し。時差にもタイの生活リズムにもだいぶ慣れてきたところで、いよいよ熱い後半戦へ突入です !
2月のタイは乾季です。今日は早朝に雨が降ったけどすぐにやんで、移動の時間帯には傘いらずでした。朝のモーニングレクチャーでは、森先生によるAUFI(急性不明熱)の考え方と、伊東先生によるデング熱の講義が行われました。日本では発熱=細菌感染やウイルス感染を中心に考えることが多いですが、熱帯地域では疫学を踏まえた鑑別が極めて重要であることを学びます。地域ごとに流行疾患が異なるため、「東南アジアだからデング」と一括りにせず、マラリア、レプトスピラ症、チクングニア熱などを含めて戦略的に鑑別していく思考法が印象的でした。
午前前半はデング熱の病棟回診です。実際に入院中の患者さんを診察しながら、発熱期から解熱期にかけての臨床経過を確認し、血小板減少やヘマトクリット上昇をどのタイミングでどう評価し、輸液をどのように調整していくのかをカルテを見ながら学びました。教科書では得られない「リアルな重症化の見極め」を体感できる貴重な時間でした。
続くセッションは毎年恒例の「皮膚科の名探偵」。デング熱や水痘、帯状疱疹、接触皮膚炎、皮膚真菌症、寄生虫症など多彩な症例写真を用いながら、病変の分布、形状、色調、進展様式からどの疾患を疑うかを体系的に学びます。視覚情報から診断仮説を立て、次に行う検査へつなげるプロセスは、熱帯医療だけでなく日常診療にも直結する内容でした。
午後はTropical Case Presentationとして、実際の患者症例を用いたディスカッションが行われました。血痰と空洞性肺病変を呈した中年男性、慢性下痢を繰り返すHIV患者、顔面神経麻痺を呈した若年男性、両下肢浮腫で受診した中年女性など、多様なケースに対し、参加者が鑑別診断、必要な検査、次に取るべき対応を考え発表していきます。限られた情報から疾患を推定し、診断へ迫る臨床推論の訓練は、まさに現場そのものでした。
その後は翌日の症例発表に向けたグループワークです。初日に経験したAUFI患者さんを題材に、診断に至る思考過程を整理しスライド作成を進めていきます。疫学情報、症状の経過、検査選択をどう組み立てるかを議論しながら、チームで一つの臨床ストーリーを完成させていきました。
一日の最後には振り返りの時間が設けられ、タイの医療制度や翌日のハンセン病セッションについての解説がありました。臨床・教育・文化のすべてを学ぶ濃密な一日となり、最終日に向けてさらに期待が高まります。
あっという間に迎えた最終日。この日は朝からハンセン病(Leprosy)専門病院を訪問しました。Leprosyは現代の日本ではほとんど目にすることのない疾患ですが、タイでも年々患者数は減少し、現在は年間約80例程度の報告にまで抑えられています。それでも歴史的・医学的に非常に重要な疾患であり、体系的に学び、実際の患者さんを診察できる機会はここでしか得られない貴重な経験です。
まずはLeprosyの講義からスタート。病型はTTからLLまでの5分類に分かれ、それぞれ皮疹の特徴、神経症状、顕微鏡所見が異なり、治療やマネジメントも大きく変わってきます。理論を学んだ後は実際の患者さんの診察へ。特徴的な皮疹に加え、知覚障害や神経肥厚を自分たちの目で確認し、実際に触れて評価しました。日本ではまず経験できない臨床所見に、参加者全員が真剣な表情で向き合っていました。
その後は顕微鏡で実際にLeprosy菌を観察し、さらにリハビリテーションセンターの見学も行いました。疾患そのものだけでなく、後遺症とともに生きる患者さんを支える医療体制まで学ぶことができ、非常に示唆に富む時間となりました。
午後はいよいよ症例プレゼンテーションです。初日に診察した患者さんを各グループでまとめ、経過や鑑別、マネジメントをスライドで発表しました。
Case1は発熱と皮疹を呈した症例で、チクングニア熱の臨床経過を学びました。
Case2は発熱を主訴とする高齢者で、最終診断には至らなかったものの、鑑別の組み立てと治療方針を考える実践的な学びとなりました。
Case3は蜂窩織炎の男性で、下肢フィラリア感染を疑う視点を学びました。
Case4は11日間続く発熱を訴えるタクシードライバーの症例で、まさかのmurine typhus、でも疫学の重要性を学びました。
どの症例も日本ではほとんど経験しない疾患ばかりであり、診断の考え方やマネジメントは日本の医療とは大きく異なります。一方で、自分たちが日常診療で立っている世界の外側には、これほど広く多様な臨床の現場が存在することを実感する時間となりました。帰国後の患者さんへの向き合い方を大きく変える経験になったと感じます。
最後はWrap upセッション。Weerapong先生から修了証書が授与され、森先生による総括で研修は締めくくられました。短期間ながら濃密な時間をともに過ごした参加者たちは、記念撮影や連絡先交換をしながら名残惜しそうに別れを惜しんでいました。タイで得た臨床経験と新たな視点は、きっと日本での診療に生きていくはずです。熱帯医学という貴重な世界を体験できるこの研修に、ぜひ多くの先生方に参加していただきたいと思います。
2025年度マヒドン大学熱帯医学短期研修 応 募 要 項
2026.2.16 - 2.19
Faculty of Tropical Medicine
420/6 Ratchawithi Road,
Ratchathewi Bangkok
10400. Thailand
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